工藤真由(Globis Capital)・ X Article

米国AI駆動GTMの最前線 ー SaaStr AI 2026から見えた成長への渇望

Vercel SDR 10→1(年$5K運用)、Anthropic は新規エンタープライズロゴの54%をself-serveで獲得。数値とSkill構成が圧倒的に具体的な現地レポート。

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5月12〜14日に米国カリフォルニア州サンマテオで開催されたSaaStr AI Annual 2026に参加してきました。SaaStrはSaaS/B2BソフトウェアのスタートアップCEO・CRO・CMO・投資家が集う米国最大級の業界イベントで、Jason Lemkin氏(元Storm Ventures Managing Director、現SaaStr CEO)が主宰しています。今年は40エーカーの会場に12,500人超の参加者、200名以上のスピーカー、150社以上のスポンサーが集まり、テーマもタイトルから「SaaStr AI」と銘打たれるほどAI色が前面に押し出された3日間でした。(出典:SaaStr公式ホームページ

私自身は昨年に続き2度目の参加です。昨年は「AIシフトへの危機感が日本と比較して圧倒的に高く、具体的なインサイトはまだ乏しいものの、とにかく試さなければ取り残されるという "Speed is moat" の空気感」が強く残る回でした。

2026年は「ようやく本物のエージェント時代が始まった年」、それが率直な感想です。この感覚を裏付けるように、SaaStr CEOのJason Lemkin氏がキーノートで「The agent performance is so disparate that the best agents are just gonna win over the next 12 months」と明言していました。エージェントの実装精度の差が極端に大きい今、今後12ヶ月で勝者が決まるという強烈なメッセージです。

会場で特に印象的だったポイントは4つに整理できます。

本稿では、複数セッションの内容や、個別に現地で会話した方とのやりとりを踏まえ、上記4つを順に整理していきます。

1. AI駆動GTM、ここまで進んだ — VercelとAnthropicの実例

1.1 Vercel — AI活用でSDRを10人→1人に

最も鮮烈だったセッションのひとつが、Vercel COOのJeanne DeWitt Grosser氏による登壇です。Vercelといえば多くの方にとってはNext.jsを開発・提供しているフロントエンド基盤の会社ですが、そのGTM側で起きていたことは、すべてのスタートアップ経営に携わる方に参考になる内容だと思います。

Jeanne氏はVercel入社後わずか6週間で「Go-to-Market Engineering team」を立ち上げています。本人いわく「This was back in June of 2025, before that started being common」とのことで、業界的にGTM Engineerが話題になる半年以上前のことです。

このGTM Engineeringチームが10ヶ月で出した成果は、具体的な数字つきで紹介されていました。

ここで重要なのは、Jeanne氏が「shift all of those people into more valuable roles」と明言していた点です。10人をクビにしたのではなく、より付加価値の高い業務に再配置した、というメッセージでした。

リードエージェントの開発手法は「Tripod model」と呼ばれていました。GTMエンジニア/データサイエンティスト/その業務のベストパフォーマーの3人が肩を並べてベストプラクティスをドキュメント化し、それをワークフロー化してエージェントに落とし込む、という型です。

最初は人間がループに残り、ベストパフォーマーがエージェントの出力をQAし続け、本人がこれ以上改善できないという地点で人間を外す。

Jeanne氏は「The architecture reflects exactly what she was doing manually, but now it performs like the 90th percentile rep 100% of the time(90パーセンタイルのセールスがやることを100%の確率で再現できる」と表現していました。

同じフレームワークをイベント後フォローアップ、PQA(プロダクト適格リード)対応、特定時期のキャンペーンなど30種類のSDR業務にも展開した結果、SDR一人当たりの売上ノルマ自体が、直近四半期で30%引き上げられたとのことです。

経済性も衝撃的な数字でした。Jeanne氏の発言を引用します。

To give you some perspective, the lead qualification agent that I opened with costs us under $5,000 a year between infrastructure and tokens to run. It takes about 20% of one engineer to maintain it. That's a 32x [vs.] 10 people and their salaries. It's now $5,000 and it operates 24/7.

つまり、年間$5,000のインフラ+トークンコスト+エンジニア1人の20%の工数で、10人分の人件費の業務を回しているとのこと。VercelはVercel自身のFluid Computeインフラ上でこれを動かしているのでマージン構造的にも有利ではあるのですが、それでも桁が違います。

社内には他にも複数のエージェントが並列で動いているそうです。

最後のDeal 0の話は、次章のセマンティックレイヤーの議論につながる重要な伏線です。「Good data equals good agents」という表現と共に、データ基盤への投資の重要性を語っていたのが印象的でした。

1.2 Anthropic — 既存スタックの「間」をClaudeで縫う設計

もう一つの白眉が、Anthropic Head of IndustriesのEleanor Dorfman氏によるセッション

No Legacy, No Playbook: Building Anthropic's AI-Native Sales Team with Anthropic's Head of Industries

です。

Anthropicが直面した課題はVercelとは別種でした。

The launch of Opus 4.6 in December was a bit of a sea change for us, and we came back from what was in hindsight an incredibly restful winter break to demand going vertical. We had not hired for it... Even if we were prepared to hire and onboard and 3x or 4x or 5x the sales team, you simply can't absorb that number of bodies at the pace that we needed.

採用が間に合わない急成長フェーズで、品質を落とさずにいかにAEのキャパシティを拡張するか。これが2026年1月にAnthropicが直面した課題でした。

Vercelが「自分たちで作る」アプローチを取ったのに対し、Anthropicは自社製品Claudeを使って少し異なる戦略を取っています。Eleanor氏の言葉では「build on the stack we already have and lean on Claude for everything around that stack, in between that stack」。既存スタック(Clay、LeanData、Salesforce、Gong、Ironclad、Slack)は捨てない。そのうえでClaudeを既存ツール間に接合させ、一連のエージェント体験を構築させるという手法でした。

具体的な打ち手は4つです。

(1) Enterprise Self-Serviceの解禁

「エンタープライズセールスは人間が行うべき」というのが従来のエンタープライズソフトウェアの常識でしたが、Eleanor氏は2026年1月にMVP、2月に本番ローンチでこれを廃止しています。リードはClay×Claudeで自動的に資格判定と情報補強を行い、self-serve側でIntercomのFinが顧客ジャーニーをガイドします。

結果として「54% of our new enterprise logos have come through the self-serve funnel in 2026」とのこと。すなわち、新規エンタープライズロゴの過半数(54%)が、人間営業を通らずに獲得されている、ということです。

Anthropicのブランド力によるところも大きいので一様に真似することは難しいですが、エンタープライズセールスの概念をAIで変えてきていると言えます。

(2) Slackをすべてのサポート機能のフロントドアに

Eleanor氏が強く強調していたのが「Sales is not alone on an island」という観点でした。Deal Desk、Legal、RevOps、Billing、Compliance、Customer Supportの伸長が伴わないと、AEだけ拡張しても顧客体験は崩壊します。

Anthropicの解はシンプルで、Slackをすべてのサポート機能のフロントドアにすることでした。

セールスはSlackで質問を投げる。Claudeがトリアージし、過去の判例とポリシーに基づいて解決できるものはそこで完結。エスカレーションが必要なものは、メール/Salesforce/Gongから関連コンテキストを集約して人間にアサインし、AEには「あなたの案件が担当者の対応待ちリストに入りました」という通知が届く、という仕組みを構築しているそうです。

Eleanor氏が「Reps stopped going to their systems and rather their systems came to them」と表現していたのは、つまりセールスが各システムを見に行くのではなく、システム側がセールスのSlackにやって来るという流れの逆転を意味します。

(3) Skillsとして「トップセールスの行動」をパッケージング

新人セールスが入社してすぐ戦力化するために、Anthropicはトップセールスの行動を「Sales Plugin」(MCPコネクタ+Skillsの組み合わせ)として体系化しています。5つのSkillsがClaudeに組み込まれているとのことです。

(4) Forecastの主役をClaudeに

Consumption business(従量課金)のAnthropicでは、AEがSalesforceを更新する → 過去パターン・コミット額・顧客タイプから Claudeがフォーキャストを算出 → マネージャーがレビューして提出、という流れになっています。フォーキャストミーティングはマネージャーが「揚げ足を取る場」ではなく、「どこでヘルプが必要か」を議論する場へと変質した、と冗談を交えて話されてました。

「It isn't a new stack — it's being intentional about your existing stack」というのが核心メッセージでした。

自社製品の宣伝も込められたセッションではありますが(笑)、AnthropicのAI駆動GTM組織の作り方は、全営業組織に参考になるものではないでしょうか。

1.3 二社のアプローチに共通する原理

VercelとAnthropicのアプローチは「自社でフルスクラッチ」vs「既存スタックを縫う」と一見異なりますが、根底にある原理は同じです。

そしてこれらを踏まえた気づきが、「自社データの構造化」の重要性です。特にVercelのセッションでは「Knowledge Base」「Semantic Layer」構築を説いていましたが、AIエージェントを本気で動かすためには、その手前のデータ基盤を整える必要がある。これが次章のテーマです。

2. 「データを整えない限り、エージェントは動かない」 — セマンティックレイヤーの台頭

VercelのJeanne氏がテイクアウェイとして語った1つが、データ基盤でした。

In your data foundation, the knowledge base, the clean data warehouse, the semantic layer. None of it is exciting to build, but all of it is load-bearing. The agents you build will only be as good as the data underneath them.

意訳すると、「『データ基盤』の構築は、どれも作っていて面白いものではないが、そのすべてが構造全体を支える『重要な大黒柱』である。AIエージェントの品質は、その底流にあるデータの質を超えることは決してない」と。

Vercelのデータサイエンスチームは、売上モデルの上に「business semantic layer」と呼ぶ層を構築しているそうです。これは具体的には、「ARR」「グロスマージン」「リテンション率」「ある顧客の支払いが遅れた時、何がトリガーで何が結果か」といった事業を動かしている主要な指標と、それらの関係性(因果関係)を、組織共通のひとつの定義として一箇所にまとめたものです。

指標の名前と算出ロジックがバラバラに散らばっていると、エージェントが「ARRはいくら?」と聞かれても複数の数字を返してしまい、信頼できない。だからまず、会社のビジネスを成り立たせている部品(指標と関係性)を、共通言語として整理して一箇所に置く、というのがJeanne氏の言う「business semantic layer」です。

これがあるからこそ、社内のデータアナリストエージェント「Deal 0」が「同じ意味のARR」を返せるし、Playbook Platformも「正しい会社に正しいメッセージで」コンタクトできる、というロジックです。

この「セマンティックレイヤー」というキーワードは、SaaStrの会期中、複数のセッションで繰り返し登場していました。なぜなら、エージェントを動かす際に最大のボトルネックになるのが、まさにここだからです。

2.1 Databricksの登壇内容 — データレイヤーが価値の中心になる

Databricks共同創業者の登壇セッション「The Data Layer Underneath Every AI Agent」では、印象的なフレーズがいくつもありました。

そのうちのひとつ:

We're using too much LLM and not enough data. We could be overusing Opus or something. What I really just wanted to figure out is, how can I get that data structure to answer my question? I don't need to Uber-llamify everything.

LLMを過信しすぎているが、まずはデータ構造をきちんと整えることが重要だ、と。

セッションで紹介された顧客事例も具体的です。

「データチームに依頼してダッシュボードが返ってくるまで1週間」というレイテンシが消え、現場の人間がリアルタイムで業務判断ができるようになった、という現場のデータ活用の質が、直近12〜18ヶ月で段階的に大きく跳ね上がった、と説明していました。

2.2 Unity Catalog Business Semanticsの一般提供

このセッションだけでは「Databricksの宣伝」と聞こえるかもしれませんが、外部の一次情報に当たると、構造的な変化が起きていることが分かります。

Databricksは2026年初頭にUnity Catalog Business Semanticsを一般提供(GA)として発表し、さらにそのコア実装をApache Spark上でオープンソース化しています(出典:Databricks公式ブログ「Announcing General Availability and Open Sourcing of Unity Catalog Business Semantics」)。

これにより、メトリクスや次元、ビジネスルールをデータレイヤー側で一度だけ定義すれば、すべてのダッシュボード、SQLクエリ、ノートブック、そしてAIエージェントが同じ定義を共有する仕組みが整えられました。Tableau、Sigma Computing、Hex、Looker、ThoughtSpotなどの主要BIプレイヤーが、この共通セマンティック層への接続を進めているとのことです。

なぜこれが重要かというと、Databricksのブログが端的に説明しています。

In the era of agentic AI, where agents reason over data and act autonomously, fragmented definitions do not just create confusion, they scale it.

エージェントが自律的に動く時代では、「定義のズレ」が組織内で増幅される。だから「ビジネスセマンティクスはデータ基盤の中心に置き、ガバナンスを一元化する」というのが彼らの賭けです。

これは投資テーマとしても非常に重要なポイントだと思います。AIエージェントの民主化が進めば進むほど、その下にあるセマンティックレイヤー=「ビジネスの共通言語」を担う層の価値が上がります。

Databricks自身もこの方向に賭けていますし、Strategy(旧MicroStrategy)、AtScale、dbt Labsなど周辺プレイヤーも同じ層を取りにきています。

2.3 セマンティックレイヤーは、AI駆動GTMの「見えないインフラ」

VercelもAnthropicも、AIエージェントの華やかな活躍に目が行きますが、本当に効いているのはその下のデータレイヤーに思えます。Vercelの「Knowledge Base」、Anthropicの「Salesforceを中心とした6コアツール統合」、Databricksの「Unity Catalog Business Semantics」。

呼び名は違えど、「組織のビジネスロジックを一箇所に集約し、エージェントとBIと人間が同じ意味で会話できるようにする」という機能は同じです。この構築力こそが、企業の強みに直結する時代が来ているのかもしれない、そう感じさせる時間でした。

3. 会場のスポンサー・展示もAI駆動GTM一色

第1章で見たVercelやAnthropicの実装事例は氷山の一角で、同じ問題意識を持つ企業が次々と「AI駆動GTM」を進めています。結果として、その需要を取りに来るベンダーがSaaStr Annual 2026の会場を埋め尽くしていました。SaaStr CEOのJason Lemkin氏自身がオープニングセッションで率直に語っています。

If we consider our sponsors customers, the vast majority turned over this year. If we didn't change, we would have canceled... we would have sent you an apology note and done a digital event.

スポンサーの大半が前年から入れ替わり、SaaStr側もイベントを成立させるためにメッセージングをAI-native寄りに再設計せざるを得なかった、と。実際に、AI-nativeスタートアップのスポンサー割合が21%(2025年)→81%(2026年)と大幅に増大しているようで (AI-nativeの定義は詳細に説明されていなかったが)、スポンサー企業一覧からも昨今のトレンドが伝わってきました。

3.1 Diamondスポンサー7社のうち4社がAI駆動GTM

最上位スポンサーであるDiamond枠は7社でした。

7社中4社が、AI駆動GTM領域です。残り3社のうちVercelは前述の通り「AIアプリ/エージェントを動かすための基盤」を提供する立場で、Diamondスポンサー枠全体の傾向を見ると、AI駆動GTM+それを支えるインフラ/開発環境で構成されていたと言えます。

Diamondは1社あたり数十万ドル規模のスポンサー費+大型ブースを投じる枠のようなので、ここに4社のAI駆動GTM企業が並んでいるのはカテゴリの過熱を端的に示しています。

順に紹介します。

Monaco — 「Speed」を体現する2026年新生

今回のSaaStrで最も「勢い」を感じたのがMonacoでした。タイムラインを並べると、その異様な速度がよく分かります。

(出典:TechCrunch、Globe Newswire (26/2/11)、Globe Newswire (26/5/12)、Business Insider、Monaco公式LinkedIn)

ステルス解除から3ヶ月で「ARRゼロ → 月次$1M以上の積み上げ → シリーズB $50M」というのは異常な速度です。創業者のSam Blond氏(元Brex CRO、元Founders Fundパートナー)の業界内ネットワーク・知名度に依存する部分も大きいですが、それを差し引いても「AI-Native CRM/GTM」というカテゴリで第一想起を取りにいこうとするスピード感は強烈でした。

Sam Blond氏自身、TechCrunchへのコメントで「In the broad category of sales technology, there's a market leader right now. That market leader is Salesforce. We are in the early innings of the next platform shift that will lead to a new market leader」とAI時代のCRMポジションを狙っていることを明言しています。

戦略の核は「人間ガイド型」(forward-deployed AE方式)。

AIエージェントだけで完結させるのではなく、Monacoが雇用する経験豊富なセールス人材が顧客側に張り付いてAIをガイドするハイブリッドモデルです。

Jason Lemkin氏も「The AI + human model where experienced salespeople supervise the AI's outbound and take the actual meetings is producing results we haven't seen from any fully autonomous SDR tool」と高く評価していました(ダイヤモンドスポンサー故のポジショニングトークの可能性も考慮する必要はあるものの…)。

Lightfield — Tome創業者がやり直したAI-Native CRM

Lightfieldは、25Mユーザーまで伸びたプレゼンテーションツール「Tome」を作ったKeith Peiris氏とHenri Liriani氏が、Tomeをいったん畳んで再出発した会社です。SaaStrのLightfield特集記事によれば、創業者ら自身が「$80B規模の市場(CRM)をゼロから作り直す」と位置付けている挑戦で、前身のTome時代にCoatue、Greylock、Lightspeed等から累計$81Mを$300M評価で調達しており、その資金と投資家陣をそのままLightfieldに引き継ぐ形で再スタートしました。(出典:SaaStr "AI App of the Week"、Globe Newswire、Crunchbase)。

プロダクトの差別化は3点です。

ターゲットはファウンダーセールス〜50人規模のスタートアップで、特にYC出身のAIスタートアップ層に強く食い込んでいます。リリース3ヶ月で2,500社が導入、YC出身の100社以上がHubSpotから移行中、というのが直近の数字です。スタートアップの市場規模が大きい米国だからこそ成り立つ戦略ではありますが、既存CRMとの接続を気にしなくて良いからこそできる、理想的なAI-Native CRM体験は魅力的です。

Artisan — フルオートノマスBDR Avaの賭け

YC出身、累計$39.3Mを調達済み(うちシリーズA $25M、Glade Brook Capitalリード、HubSpot Ventures参加。出典:TechCrunch、Artisan公式)。「Stop Hiring Humans」と書かれた挑発的なビルボードをサンフランシスコ全域に展開するなど、PR攻勢でも目立っています。

戦略の核はフルオートノマスBDR。AvaがB2Bコンタクト3億件のデータベース+Watchtower Campaigns(採用情報・資金調達などのインテント信号モニタリング)と統合し、リサーチ → パーソナライズ → 送信 → フォローアップ → ミーティング予約までを一気通貫で実行します。

ただし第三者レビュー(G2、Reddit、各種比較記事)を見ると、「フルオートノマスは現実にはまだフラジャイル」「アウトプットの品質ムラ」などの運用課題も指摘されています。Monacoの「人間ガイド型」とは哲学が明確に異なり、ここはAI駆動GTMにおけるアプローチが分かれる主戦場です。

Salesforce — 既存CRMの王者がAgentforceでAIネイティブ化

DiamondスポンサーとしてのSalesforceは、自社のAgentforceプラットフォームを軸に大型ブースを構えていました。Agentforce for SMBセッション(SMB部門のAE 3,300人を管掌するAdam Alfano氏が登壇)で紹介されていた自社使用例が、Salesforceの方向性を分かりやすく示しています。

注目すべきは、Salesforceが2025年12月にQualifiedを買収(2026年4月完了)、さらにMomentumも買収済み(出典:Salesforce News (25/12)、Salesforce News (26/2)、SaaStr "Which CRM Should You Use in 2026/2027? Follow the Agents")という構造です。

Jasonは「Salesforce acquired Qualified. Salesforce acquired Momentum. They built Agentforce with 2,000 people. They're not building every agent from scratch. They're buying the best agents on the market and pulling them natively into the platform. The thesis is clear: the CRM that becomes the hub for AI agents wins」と分析しています。

つまり、SalesforceはAI-Native新興(Monaco、Lightfield)に喰われる前に、買収によってAIエージェントの中核プレイヤーを取り込み、CRMを「AIエージェントのハブ」に作り変える戦略を取っているということです。

3.2 Platinumスポンサー — AI-Native CRMの新興プレイヤーが2社

Platinum枠は5社でした。

Platinum枠でもAI-Native CRMが2社並んでいたのが特徴的でした。

Aurasellは2025年8月にステルスを解いて$30Mシードを28時間で調達。Founder兼CEOのJason Eubanks氏は元Harness CRO、CTOのSrinivas Bandi氏は元Harness SVP Engineeringで、「15以上のセールスツールを1つのプラットフォームに統合する」ことを目指して始めた会社です。

Salesforce/HubSpotを置き換える形ではなく、それらの上に被せて使う「GTM OS(オーバーレイ)」として位置付け、220連携対応をうたっています。AVO Automationのケースでは「マニュアル作業時間70%削減、セールス速度35%向上」とのこと(出典:Globe Newswire、SaaStr "AI App of the Week: Aurasell")。

Reevoは累計$80M調達、シリーズAはKhosla VenturesとKleiner Perkinsが共同リードし、Post-money評価額$500Mという、GTM領域では過去最大級の資金調達ラウンドのひとつとなった次世代CRM企業です。

創業者のDavid Zhu氏はDoorDashの決済・プラットフォーム・エンタープライズ部門でエンジニアリングを統括していた人物で、DoorDashを$700M評価から$75B(IPO時時価総額)までスケールさせた経験を持ちます。すでに社員90名のエンジニアリング重視組織で、Marketing/Sales/Customer Successを1つのAI-Nativeプラットフォームに統合することを狙っています。

Aurasellと違うのは、他CRMからのデータ連携に依存せず、自社で会話・ミーティング・メールから一次データを直接生成する点。

Jasonも「For early-stage startups going AI-native from day one, it might be Aurasell, Monaco, Reevo, Lightfield, or Attio」と、AI-Native CRMの代表5社のひとつにReevoを挙げていました(出典:BusinessWire、SaaStr "Meet the Leaders of the Agentic CRM Revolution"、Bloomberg、TechFundingNews)。

ここまで見ると、AI-Native CRMだけでDiamond+Platinumに5社(Monaco、Lightfield、Salesforce、Aurasell、Reevo)が並んでいることになります。「CRMという$80B市場を、AI時代に向けてゼロから再構築する」という波が、スポンサー構成にそのまま現れた格好です。

3.3 整理:会場全体が「AI駆動GTM × データ基盤」の波を映していた

改めてここまでをまとめると、SaaStr Annual 2026の会場構成は次のとおり整理できます。

つまり「AI駆動GTM」のフロント層と、それを支える「データ/セマンティックレイヤー」の中間層の両方が、会場のスポンサー構成にそのまま反映されていたと言えます。第1章で見たAI駆動GTMの社内実装の動きが、ベンダー側でもプロダクト化されて急速にカテゴリを形成している、という現場感です。

特に印象的だったのが、Monacoがローンチからわずか3ヶ月後・シリーズB発表の翌日にDiamondスポンサーとして飛行船を上げるという、カテゴリトップを取りにいくスピード感でした。

なぜここまでの過熱なのか?次章ではその背景にある「成長への渇望」を見ていきます。

4. 過熱の背景にある「成長への渇望」

第1〜3章で見たAI駆動GTMの波は、単に「人件費を減らしたい」という効率化の動機では説明できないレベルの過熱に見えました。会場で繰り返し聞いた言葉は、効率ではなく「Growth」「Speed」「Demand」です。

ではなぜそこまで成長を追い求めるのか。そこには、改めて求められる「Speed is moat」の緊張感があるように感じました。

4.1 「年間4倍成長」というベンチマーク

業界で広く知られているKyle Poyar/ChartMogulの2025 SaaS Growth Reportにはこんな記載があります。

The classic "triple-triple-double-double-double" (T2D3) path to $100 million in five years is no longer good enough for some VCs when they see the likes of Lovable, Cursor and Wiz doing it in two years or less.

T2D3で5年かけて到達していた水準に、2〜3年で到達することがベンチマークになりつつある、ということです。年率にすれば4倍以上の成長。実際、現地で投資をしているVCと話したときも、同様の目線感が共有されていました。

これは従来の日本市場の感覚とは異なるスピード感です。SaaStr Annual 2026の登壇者たちが「成長」を連呼するのは、この外側の数字基準が一段引き上がった現実を、CEO/CRO/投資家全員が共有しているからではないでしょうか。

別の現地のスタートアップ支援者と個別にお話した際には、「今のスタートアップは、SaaS世代の企業が費やした時間のほんのわずかな期間で、ゼロから売上$100M(約150億円)へと急成長を遂げている。そして、その驚異的なスピードを実現するためには、これまでのアーリーステージスタートアップでは見たこともないような、インフラへの巨額の先行投資が必要不可欠となっている」といった形で、高成長の裏にある資金ニーズに言及されていました。

高い成長を支えるためには多額の資金が必要、ゆえに急成長スタートアップには資金が必要だし、そこに資金が集まることを示しているように感じます。

さらに彼はa16z創業者Marc Andreessen氏のコメントとして「Capital is no longer distributed, it's concentrated. We're seeing a bipolar seed market where a tiny fraction of companies receive 10x the capital of their peers to win the infrastructure war early」を紹介してくれました。

総合すると、「上位5%の高成長スタートアップに資本が集中し、その閾値は『年率4〜5倍』にも上る」という構図が見えてきます。

4.2 改めて重要になる「Moat is Speed」 — Agent Parityが来るまでに勝負を決めろ

これは単に投資家側のニーズではなく、AI時代に生き延びるためにここまでの成長が必要であることを示していると考えます。

ここで出てくるのが「Moat is Speed」というフレーズです。昨年のSaaStrでも繰り返し言われていた言葉ですが、当時は「具体的に何をどう速くやればいいのか」という解像度はまだ低く、"とにかく動け" という空気感に近いものでした。それがSaaStr 2026では、「何のためにSpeedが必要なのか」「どこで勝負が決まるのか」という戦略的な答えと結びついて語られていたのが大きな違いです。

その緊張感の核心を、Jason Lemkin氏がキーノートでこう表現していました。

If you build the best agent... maybe we will have agent parity in 36 months, maybe even in 24 months. Today there is not agentic parity... The agent performance is so disparate that the best agents are just gonna win over the next 12 months. So that's your job.

「24〜36ヶ月後にはAgent Parity(エージェントの実装精度が横並びになる時代)が来るかもしれない。しかし今はまだ差が大きい。だからこそ、今後12ヶ月で最高のエージェントを作れた者が勝つ」というメッセージです。差別化が永続するという楽観論ではなく、「実装の差は時間とともに必ず縮まる。だから時間切れになる前に勝負を決めろ」という戦略的緊張感です。

ではAgent Parityが来た後、差別化はどこに残るのか。Scale Venture PartnersパートナーのRory O'Driscoll氏のセッションでの議論が、この問いに正面から答えていました。Rory氏はまず現状を率直にこう認めます。

Too many software apps are starting to look the same. It's often a chat interface, a bunch of stuff, interaction with the model, and then back it comes.

しかしRory氏の結論はその先にありました。

they will all sound the same, but how they're instantiated, my gut is will vary very differently if you're a legal firm, if you're a customer interaction firm.

―― 表面的には似たLLMハーネス+チャットUIの構造に見えても、実際の差別化は業務領域への入り込み方、データフライホイール(使われ続けることで強くなる構造)、Forward-Deployed Engineer (FDE)、ネットワーク効果といった、チャットUIの「下」に出てくる。

つまり、Jason氏が言う「Best Agentを作るゲーム」とRory氏が言う「真の差別化の所在」を重ね合わせると、Agent Parityが来るまでの限られた時間で、表面のプロダクト機能ではなく、業務への深い入り込みとデータの蓄積をどれだけ先に積み上げられるか、という勝負だということが見えてきます。

私がホストを担っているPodcast「Product/AI Talks」でも、米国を代表するAIエージェント企業Sierraの日本進出をリードする森川氏に出演いただいた回がありました。森川氏が語っていた「カテゴリーリーダーに需要が集中する」「今後1〜2年で明確に勝敗がつく」という展開戦略の切迫感は、まさにJason氏・Rory氏の議論と同じ景色を別角度から描いたものでした。

これらを統合すると、戦略の輪郭が見えてきます。プロダクトのコア機能はAgent Parityに似てくる。だからこそ、その時期が来る前に:

―― この3つを早期に押さえたカテゴリトップに需要が集中する、という構造です。

Monacoがローンチ直後にシリーズB $50Mを調達し、SaaStr前日に発表し、SF市内に60枚のビルボードとTimes Squareの大型サイネージを展開、SaaStr会場上空に飛行船を飛ばし広告するという派手な動きは、まさにこの「Speed is moat」を体現している例だと感じました。

創業者のSam Blond氏のネットワーク・知名度があるとはいえ、それを抜きにしても、カテゴリ確立期の最初の12ヶ月にいかに認知と実例を積み上げるかに賭ける戦略は、他のスタートアップにも参考になります。

4.3 ただし収益性も問われる — シリーズAのバーは確実に上がっている

ここで重要な現実として、「Speedはあるが、収益性も同時に問われる」ということを付け加えなければなりません。

前述のスタートアップ支援者との会話内で出てきたもう一つの指摘が刺さりました。

There's a big concern, like, well, it's okay that you have a nice product, but you spend so much on inference, like there's no margin there, right? So can you get your margin at a decent place and you get to a Series A? ... You're seeing lots of seed extensions. I'm in my seed two, in my seed three right [now], this is happening because the true Series A, the price round, is being delayed until we see like not just like traction, product market fit, like good margins.

シリーズAの真のバーは「PMF+まともな粗利率」になっており、それが満たされるまでシード2、シード3、シード4とブリッジが続く、というのが現状だ、と。AIスタートアップが推論コストで赤字構造になっているケースが多いため、投資家は「Speed(年4倍)」と「Unit Economics(粗利)」の両方を見ている、というのが現場の実態です。

これは創業者にとって厳しい二項条件です。第一想起を取るために投資を加速し、同時に粗利を健全な水準に保つ。ある種の原点回帰とも言えますが、これまで以上に成長率と収益性の両面を求められている厳しさを米国で改めて感じました。

4.4 補論:組織の人材構成も変わる — 「ミドルを薄く、ジュニアとシニアを厚く」

成長を語るうえで、組織サイドの観察も一つ共有させてください。Atlassianで全プロダクトのAIを統括するSherif Mansour氏の登壇で出ていた話です。

Sherif氏が共有したC-level共通の誤解:「ジュニアを採用しなくていい。シニア+AIで十分」。これに対する自社調査の結果が、現実は逆だ、と。

結果として、Atlassianは採用パイプラインを「より多くのジュニア+より多くのシニア、ミドルを減らす」に再設計したそうです。四半期ごとに「AI Builders Week」を全社で同期して開催し、ジュニアが新ツール・テクニックを共有、シニアがクオリティコントロールを教える、という相互学習を組織のルーティンにしているとのことです。

これはAI駆動GTMを進めるうえでの示唆でもあります。「シニア中心の少数精鋭」でも「ジュニアを大量に雇って物量で押す」でもなく、両極を厚くする。中堅の役割は、AIエージェントが担う領域とかなり重なるので、自然と相対的なウェイトが下がる、というのがAtlassianの実証です。

5. まとめ — 自社の生産性を高め、「Speed is moat」時代を生き抜くために

ここまで、AI駆動GTMの実例に始まり、その裏側にあるデータ構築の重要性、さらになぜここまで成長が求められているのか、という三段柱でSaaStr Annual 2026に参加しながら感じたことをまとめてきました。

2025年のSaaStrでは「Speed is moat」が"とにかく動け"という空気感だったのに対し、2026年は「なぜSpeedが必要か、何を取りに行くべきか」が具体戦略として語られるようになった――それが今回最大の変化だと感じます。

正直私が遅れていたのかもしれませんが、ここまでAI駆動なオペレーションが組めるのか、と驚きと共に焦りを感じました。これは私自身の日々の働き方にも取り入れるべき考え方ですし、投資先スタートアップとも積極的に議論したいと感じるものでした。

そして、自社のAI化だけでなく、AI駆動化を推進するプレイヤーを日本からも作っていかないと、世界のスピード感から取り残されてしまうなとも感じました。

Jason Lemkin氏の発言を最後に再掲します。

If you build the best agent... maybe we will have agent parity in 36 months, maybe even in 24 months. Today there is not agentic parity... The agent performance is so disparate that the best agents are just gonna win over the next 12 months.

まだ「最高のエージェント」が少ない今だからこそ、これから先の12ヶ月で真に優れたトップクラスのエージェントを構築できたプレイヤーが次の市場を席巻する―

AIのまだまだ秘めた可能性と、次の12ヶ月の激動を感じたSaaStr Annual 2026でした。


(注:本記事に記載の数値・日付・ファクトは、2026年5月17日時点で確認できた公開情報に基づきます。セッション中の発言は筆者の聞き取り・メモに基づくため、一言一句正確であるとは限らない旨ご了承ください。また、本記事は筆者の個人的な見解・分析を含むものであり、筆者が所属する企業・団体の公式見解を示すものではありません。)